オタクが歩く四国

四国八十八ヶ所歩いた記録です。構築中。

30日目(3/4) ビジネス旅館小松~蔦の家

気がつけば出発からひと月になります。
右も左も分からない状態で始まった徳島県、先の見えなさに苦しんだ高知県、ようやく純粋に楽しいと思えるようになったのがここ愛媛。
すっかり歩くことが日常になって、「旅を日常にする」という目的は十分に果たせたのではないかと感じています。
横峰寺登山を控えたお遍路さんに合わせて朝食は6:00から、食事が終わると皆さんすぐに出発していきます。
昨日の疲れもあるしこの先の事情もあって少しゆっくりしたかったのですが、一人だけ長居するという雰囲気でもないので6:40ごろ出発。

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まずは昨日門前を通りながら打っていなかった61番札所を目指します。
順打ちの場合、特に順番通りに打たなければならないということはないようなのですが、選択の余地があった44,45番を順番通りに打っているのでここも順番通りに行こうと決めていました。

納経所が開くちょうど7:00に六十一番札所、香園寺(こうおんじ)に到着。

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安産のご利益があるとかで、信徒が全国にいるのだそう。
それだけに立派なお寺で、お堂然とした建物がなく、巨大なホールのようなところに本堂と大師堂が収まっています。
中には靴を脱いで上がり、椅子まで完備されているだいぶ変わったところ。
室内のうえ人がいないため読経が響く響く。
納経を済ませ、国道11号に出ます。

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数日前松山で顔見せ程度に出てきた道でしたが、松山から高松を経て徳島へと至る四国の大動脈です。
松山から小松までの区間は東温市方面を経由して桜三里という峠を越えてくるので今治を通らず、高松方面への最短ルートになっている模様。
次の札所も小松の町中。
ちょうど予讃線の伊予小松駅前にあたります。
ゆっくり歩いても20分ぐらいで、7:43に六十二番札所宝寿寺へ到着。

ここは山門がありませんでした。

境内はさほど広くなく、町中のお寺という風情。
読経を済ませて納経所へ行きますが、まだ開いていません。
ここのお寺はちょっと特殊で、納経所が開いている時間が8:00~17:00、お昼も休憩時間があるとのこと。
これがあったため出発を遅らせたかったのですが、香園寺を残しておいたことで結果的に待ち時間は数分で済みました。

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伊予小松駅を拝んだのち国道11号に出て、ひたすら進みます。
お隣の駅、伊予氷見の近くにあるのが六十三番札所吉祥寺で、8:25着。

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参拝を済ませて引き続き国道を進みます。
町中を抜け、辺りは田園風景に。

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石鎚神社の大きな鳥居を横に見て、少し行ったところが札所への分岐。

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六十三番札所前神寺(まえがみじ)には9:24の到着。

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山号を「石鈇山(いしづちさん)」と称し、これは横峰寺と同じです。
ここも石槌山の麓で、横峰寺が石鎚山の西の遥拝所、こちらは東の遥拝所とされています。
明治時代の神仏分離令発令までは石鎚神社の中にあったそうで、ここに限った話ではないですが神仏分離令の影響を受けた札所というのは多く、歴史の授業で出てきただけの出来事に実感が伴って感じられるのは面白いもの。
さすがに昨日の疲れが抜けていないらしく、ここでは読経中に眠くなるという事態に。
今日打つ札所はここまでなので、少し長めに休憩を取ることにしました。

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札所の前を横切る旧街道と思しき道を抜けてやがて国道に合流。
ここからはひたすら国道を行くことになります。
高知へ至るという国道194号が分岐したところが加茂川で、これを渡ると西条の街。

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伊予西条は以前降りたことのある駅で、新幹線の開通に尽力したかつての国鉄総裁である十河信二の出身地です。
それに由来して鉄道博物館のような施設があり、これを見に来たのですがなかなか見応えのあるものでした。
0系新幹線のカットモデルなど昔のままの車内で荒らされてもおらずとても良かったです。
その当時はIngressをプレイしていて、駅近くにポータルがたくさんあったことから随分遊んでしまいました。
そんな個人的な思い出の残る西条ですが国道は街の中心部を通らないのでそのままスルーしていくことになります。

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松山自動車道のいよ西条インターチェンジの前を通り、やがて新居浜市へ。

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新居浜市へ入ると遍路道は国道でなく旧街道を行くようになるのですが、歩道があって歩きやすいということもあって国道沿いを行きます*1

やがて高松まで100kmという表示が。

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おなかがすいてきました。
肉が食べたいと思っていたところでちょうどジョイフルが。
昨日の夜も肉でしたし美味しかったのですが、脂が欲しくなっていました。
ハンバーグで大満足。
新居浜でも国道は中心部からは少し離れたところを通っていますが、それでも街らしい景色が見えていて、四国の中でも人の多いエリアに居ることを実感します。

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やがて町が途切れ、少しずつ周囲は山の様相に。
愛媛名物のタルトを作っている畑田製菓の工場らしきものを過ぎ、道は登り基調になります。

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名前はわかりませんが峠だったようで、ピークを過ぎると四国中央市に。

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すごい名前ですが平成の大合併による産物で、ここが愛媛県東端の市町村。
川之江市、伊予三島市、土居町、新宮村が合併してできた市になります。
今日はその土居町が宿泊地。

ここからは旧街道を行くことにします。

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昔ながらの家が並ぶ中を下って行くと国道を渡り、予讃線の線路を渡り、浦山川という川をわたってまた予讃線の線路を渡ると土居の町。

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弘法大師手植えという伝説のある「いざり松」がある別格十二番札所延命寺を過ぎて少し行ったところにあるつたの家が今日の宿。
土居にはもう一軒宿があって、どちらも楽天トラベルから予約できます。
遍路宿と言う雰囲気ではなく、飲食店を本業とするタイプの宿で、ちょうど久万高原で泊まったガーデンタイムのような雰囲気。
ですが夕食はとても凝ったものでおいしく、部屋もユニットバスで快適。
朝食が7:00からとのことでおにぎりに振り替えていただくことになりましたが、朝食も美味しかったのだろうなあと思わずにはいられません。
夕食後、家に帰るまでのスケジュールを確定させます。
ついに終わりが見えてきました。

*1:信心のある人からすればそういうのは駄目だ、となるのでしょうが